歴史

合気道のおこり

sinrasaburo合気道の歴史は古く、第56代清和天皇の第六王子貞純親王に遡りその長子経基より代を経て源義家(八幡太郎義家)の弟、義光(新羅三郎義光)に至ってその基礎が創られたといわれています。その後、第二子義清が甲斐の国武田村に住み(甲斐源氏の祖)武田姓を名乗る代々の子孫に門外不出の技として伝承されました。
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明治・大正・昭和に至る間、武田家の末孫で大東流柔術の伝承者であり剣の達人で武田惣角よりその秘伝を受けたのが現代合気道の開祖植芝盛平先生です。
植芝盛平先生は神陰流・相生流・柳生流宝蔵院流槍術も修行された武術家でそれ等の精髄を大東流柔術に取り入れ、更に独自の生命観から大宇宙に於ける天地自然の働き、生き方等を学び研究されて、これを加えて現在の合気道を確立されました。

東京都新宿区高田馬場にあります「合気道養神館」塩田剛三先生は植芝盛平先生の高弟で早くからその鬼才を謳われ戦後、「日本総合武道大会」で160余種の武道出演の中で絶賛を博し合気道の名を世に知らしめました。養神館は、指導下に警視庁・自衛隊・大学高校・小中学校、幼稚園から大手有名企業、団体等があり多くの方々が合気道の修行に励んでいます。海外ではアメリカイギリス・カナダ・ロシヤ・ニュ-ジランド等にも数多くの道場を持ち世界的にも素晴らしい武道として人気を集め発展の一途を辿っています。

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