DO スポーツシリーズ はじめて合気道を志す人のために

先日思いがけないほど安く養神館初期のカルチャー向けの本を手に入れることができました。「DO スポーツシリーズ はじめて合気道を志す人のために」

DO sports合気道

本の中身自体は、後代の養神館関連本の方が、充実しておりますが、この本の特筆すべきところは、塩田館長の演武写真が載っているところでしょう。この演武写真を見ると、館長は結構間合いを取って動いていることがわかります。受けは大きく引き伸ばされて、崩され、館長はソコをビシッと決めているように見えます。

また普段やらないような応用技についても、掲載されていますので、一見の価値ありです。

ただ私が読み進めていく中で、写真の取り違えや、手の左右が逆になっていると思われる個所が散見されるので、そこは気を付けないといけないかもしれません。

 

土曜日に企画する稽古では、こうした昔の技を研究するのもいいと思います。

オススメの年末読書

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合気武道精髄

合気武道精髄

年末年始で稽古がありませんが、オススメの本をいくつかご紹介します。

合気武道精髄amazonで、中古で手に入る本です。こちらは、合気武道精髄。養神館の技術本ではありませんが、合気に対するさまざまな角度からの考察や武術、武道とは何かを述べた本です。

養神館の基本動作について、違う角度から見直すきっかけになるかもしれません。
また各箇条の細かな点についても解説されています。

佐川幸義 神業の合気

佐川幸義 神業の合気

合気道を修行していくといつかは必ず耳にする、不世出の達人、佐川幸義先生の記事をまとめた本です。やや高めですが、合気道の源流となった大東流の最高峰の記事を読んでみてはいかがでしょうか。
▼こちらも合わせてどうぞ。

透明な力

透明な力

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは合気道開祖の生涯を知ることが出来る劇画仕立ての本です。一度合気道開祖の武勇伝や功績に触れてみてはいかがでしょうか。

合気道開祖 植芝盛平物語

合気道開祖 植芝盛平物語

塩田剛三 館長の本

こちらは、塩田剛三館長の最初の本といわれています。

当然絶版なのですが、amazonで4000円で手に入るようです。(270904時点)

この中には、当時の養神館の技が塩田剛三館長の演武写真で掲載されているとのことです。
たとえば、今はあまりやらなくなってしまった、両手もち小手返しで、すぐに小手を返すバージョンなどが掲載されているようです。

さまざまな資料を収集しているので、手に入れたいところですが・・・。

館長の残された資料を見ると、巷間の養神館の解説書の写真、つまり現在の師範方の演武写真と比べるともっと泥臭いようにみえます。

力感を感じる演武写真なのです。
通常力感を感じるような技は、掛かりが悪いのですが、館長の技は切れ味抜群だっとのことで、その辺はやはり写真だけでは分からないということなのか、はたまた写真故に、あえてそのように載せたのか・・・いろいろ想像は膨らみます。

ともあれ、もしこの本をお持ちの方は、教えてください。

合気道入門 レジャーを豊かに

合気道入門

真空の合気 第1巻体術編 空間に吸い込む究極の技法 [DVD]

Amazon.co.jp: 養神館合気道 安藤毎夫師範 真空の合気 第1巻体術編 空間に吸い込む究極の技法 [DVD]: 安藤毎夫: DVD.

養神館の本部師範である安藤先生のDVDです。この中で語られる「真空」は植芝翁の語録にあるものを意味しています。

真空の気に結ぶ とは何か。それを体術に表したのがこのDVDです。一度見ただけですが、合気会の渡邊師範に通じるような、独特の動きや「吸い込み技法」があるのではないかと思いました。

合気道の行(ぎょう)・・・改訂

開祖植芝翁の言葉がまとめて掲載された「合気神髄」(著者は吉祥丸氏)によれば、合気道は世界平和の実現と宇宙の真理に合一するための行であるという。突拍子もないことではあるが、荒唐無稽と一蹴せずに、正面から捉えてみたいと思う。

開祖は古神道になじみ深く大本教に帰依していたことは周知の事実である。そして古神道の最重要経典といっても過言でないのが、古事記である。ゆえに、この古事記からくるインスピレーションを体現するのが古神道的武術の一面でもあると思う。古事記が神々の営みを示すものであるのならば、そして神々を我が肉体(魄=魂の入れ物)に宿すことが古神道の究極の目的ならば、古事記の神事の再現は、神々に近づく行となるであろう。

現在は科学や物理が万国共通語のようになり、身体感覚という個人的なものが、次々と「翻訳」されている。筋肉の緊張や伸展そしてさらには、脳内物質の分泌にいたるまで解剖学的に感覚が解体され、翻訳されている。翻訳書はとても参考になるものである。再現性が高い翻訳であるが、ともすれば翻訳の解説に陥ってしまい、本来の身体感覚の追求、そしてその先にあるものついての探求が薄れてしまっているとも思う。

ところで、開祖の生きた時代においては、科学や物理は万国共通語であっただろうか?開祖は勉強家であり、その類の蔵書も数多くあったようであるが、それは純粋に知識として吸収したのであり、身体感覚をアウトプットする言語としては採用しなかったのではないか、理由としては、当時科学や物理が開祖の身体感覚を翻訳するには熟度がなかったこと、さらには、科学や物理で解説することの弊害があること、そこまで考えが及んでいたのかもしれない。

開祖が選んだのは、自身が深く帰依する宗教の言葉であり、用語であった。特に大本教における古事記の解釈、特に神々の名前に付与された意味、である。
開祖の合気神髄においては、アメノミナカヌシ(天之御中主神)や天の浮橋という言葉が頻出する。

wikipediaから古事記の国生みを引用する。
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古事記 [編集]

古事記』によれば、大八島は次のように生まれた。

伊邪那岐(イザナギ)・伊邪那美(イザナミ)の二柱の神は、別天津神(ことあまつがみ)たちに漂っていた大地を完成させるよう命じられる。別天津神たちは天沼矛(あめのぬぼこ)を二神に与えた。伊邪那岐・伊邪那美は天浮橋(あめのうきはし)に立ち、天沼矛で渾沌とした大地をかき混ぜる。このとき、矛から滴り落ちたものが積もって淤能碁呂島(おのごろじま)となった[1]

二神は淤能碁呂島に降り、結婚する[2]。『古事記』から引用すると、

伊邪那岐

「汝身者如何成也」
「汝(いまし)が身(み)はいかに成れる」
「あなたの体はどのようにできていますか」
伊邪那美

「妾身層層鑄成 然未成處有一處在」
「わが身はなりなりて成り合はざる処一処あり」
「私の体には、成長して、成長していないところ(女陰のことを示す)が1ヶ所あります」
伊邪那岐

「吾身亦層層鑄也 尚有凸餘處一 故以此吾身之餘處 刺塞汝身之未成處 為完美態而生國土 奈何」
「わが身はなりなりて成り余れる処一処あり。故(かれ)このわが身の成り余れる処を以て、汝が身の成り合はざる処を刺し塞ぎて、国土(くに)を生み成さんと以為(おも)ふ。生むこといかん。」
「私の体には、成長して、成長し過ぎたところ(男根のことを示す)が1ヶ所あります。そこで、この私の成長し過ぎたところで、あなたの成長していないところを刺して塞いで、国土を生みたいと思います。生むのはどうですか。」

こうして、二神は性交する。しかし、女性である伊邪那美の方から男性の伊邪那岐を誘ったために、ちゃんとした子供が生まれなかった。このため、二神は、最初に産まれた子供である水蛭子(ひるこ)を葦舟に乗せて流してしまった。次にアハシマが産まれた。水蛭子とアハシマは、伊邪那岐・伊邪那美の子供の内に数えない[2]

二神は別天津神のもとに赴き、なぜちゃんとした子供が生まれないのかを聞いた。すると、占いによって、女から誘うのがよくなかったとされた。そのため、二神は淤能碁呂島に戻り、今度は男性の伊邪那岐から誘って再び性交する[3]
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天之御中主神と天沼矛(あめのぬぼこ)は、背を貫く仮想の柱であり、身体意識では「頭の先から尻まで一本の鉄杭が入っていることを意識する」とか、「百会にフックがついて、天井から吊り下げられている感じ」とか言われるものに近いのではなかろうか?

天の浮橋とは不安定な地面にしっかりと立つことであるが、それ以上に「居つかないこと」を示しているのではなかろうか。

あめのぬぼこでかき混ぜる、またイザナギ イザナミによる国生みは、回転である。特に国生みにおいては、柱を回るのである。これを身体感覚に置き換えれば、中心軸をつくり、そこを固定して転換(回転)することである。軸の養成と回転感覚による練磨を説いたものである。

またイザナギとイザナミの問答には、合気において重要な「密着」について書かれている。

開祖は、合気道を通じて、古事記の世界を体現しようとしたのである。合気道は国生みであると開祖は言う。合気道を通じて国生みを行い、理想の社会、世界を築いていこうではないかと述べられている。古事記の清らかな高天原が理想郷とするのならば、その文脈において開祖の言葉は、矛盾がないのである。

合気道の行により、高天原の神々が宿るにふさわしい宮(=魄)づくり を行う。やがては魂=神々が宿る(国生み)のである。宮作りにおいては、アメノミナカヌシとタカミムスビ、カミムスビが開祖によってピックアップされているが、このうちタカミムスビとカミムスビについては、私はまだ直感するところがない。男と女、顕と幽、陰と陽を表しているようであるが、よくわからない。この二柱については、古事記においてもその後名前を変え、登場することもあり、もう少し読み込んでいく必要があるようだ。

合気会関係者でなくとも、開祖の言葉には深い合気道の秘奥が隠されていると直感し、開祖が日本の宝=神典とした「古事記」を今一度、読み直してみるのも面白い。こうした読み解きもまた、合気道の楽しみである。

荒天の武学 (集英社新書)

荒天の武学 (集英社新書)

Amazon.co.jp: 荒天の武学 (集英社新書): 内田 樹, 光岡 英稔: 本

引用元: Amazon.co.jp: 荒天の武学 (集英社新書): 内田 樹, 光岡 英稔: 本.

合気道家と意拳の達人が「武とは?」について、その知見を語った対談集です。
内田樹氏は、著名な思想家、武道家であり、合気道とフランス現代思想を通じて広く社会問題等に意見を投げかけておられる方で、昨今のベストセラーは記憶に新しいのではないでしょうか?

また光岡氏は、三十代ながらも、その武の体験に裏打ちされた透徹した世の中へのまなざしは、鋭いものがあります。ハワイ等での武術指導をされているようです。

私は、内田氏の本を好きでよく読むのですが、ここまで内田氏がタジタジな感じの本は初めてです。当初に内田氏は、「私は弱い武道家であることが、強みである」というレトリックをつかって自分の立場を説明しておられますが、こういわざるをえないような、迫力が光岡氏の発言からは感じられます。

この本のタイトルは荒天の武学ですが、この荒天とは晴天に対比される状況、まあ緊急事態ということでしょうか。ルール化された安全が保障される限定条件下=晴天状況 を暗黙の前提とした現代の武道、そして政治状況について縦横無尽に語られています。

荒天の状況下において対応できるだけの武について、二人の方向性はおそらく異なります。内田氏は、型を通して深くその過去の知見を身体化させ、いかなる条件下においても型どおりの対応が出来るようにすることで、荒天に対応します。

方や、光岡氏は、おそらく型というものに信頼を置いていない、ダイレクトに型の先にある自然、宇宙意識にアクセスしているようです。感覚を鋭敏化する、身体と自然とのズレを認識できるようにするそういった、気の遠くなるような稽古をして、自然に対応できるように武をつくる、そんな風に感じました。

私はおそらく光岡氏にはなれないでしょう。そのようなタフな状況の中で暮らす(現在光岡氏はハワイで、ナチュラルに強いサモアンたちに武術を教えたりしているようです。日常的にストリートファイトなどがあるような状況)ことそのものを、避けます。武を生業としない以上、当然といえるのではと思います。武を一生の生業とするものと、そうでないもの、その違いは埋められないような気がします。

ですから、私は内田氏の方向性においての、荒天への対応を模索するしかないのです。すなわち、過去の知見(型・歴史)を研究し、稽古し(※そもそもこの言葉が、古にかんがみる)、自分のものとする。その上で、あらゆる事態に対応する。真のマニュアル化による想定外への対応ということでしょうか。

 

Aikido: The Tomiki Way [Kindle版]

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Aikido: The Tomiki Way [Kindle版]

Aikido: The Tomiki Way [Kindle版]

本のご紹介です。

これは合気道の流派の一つである富木合気道の外国人による技術解説本です。
たまたまアマゾンで見つけて、kindle版が安かったので手に入れました。

富木合気道(昭道館合気道、早稲田合気道)は、講道館柔道創始者・嘉納治五郎の高弟でもあった富木謙治先生が、創始された合気道で、乱取技法があることが最大の特徴といえます。

富木合気道においては、まずは十七本の乱取の型を覚えます。これは、一箇条~四箇条のような体系でなく、あくまで相撲の決まり手のような、乱取り技法のおける主要な実践的な型といえるものです。これに対する返し技の体系もあります。

このほかに古流の型といわれるものがあり、この1~6までの型がこの本には写真付きで解説されております。大変に分かりやすいもので、参考になります。

ただ、今の日本の富木合気道の中心である昭道館にないと思われる事項についてまで、触れられているところや、残心(身)の形に少々違和感を覚えました。著者が独自に研究した内容がミックスされているのかもしれません。

しかし、逆に養神館の形に似ているようにも思えるので、参考になるのではないでしょうか?

伊藤一刀斎

伊藤一刀斎

伊藤一刀斎

伊藤一刀斎は、一刀流の開祖。剣道など武術をやっている方であれば、一度は聞いたことある名前です。
その生涯については、まったく知らなかったのですが、この本(どれだけ史実に基づいているかは不明ですが)によれば、伊豆~三嶋大社~小田原あたりに大変な縁のあった剣豪であるとのことでした。

自分も一刀流をホンの少しかじったことがあるので、わくわくしながら読みました。
武術についての薀蓄や書きぶりが神に入っているなあ、と思っていましたら、作者は剣道八段なんですね。恐れ入りました。(・◇・)ゞ

三嶋の段が結構長く、伊藤一刀斎の前名「前原弥五郎」は沼津の前原から取ったなどのエピソードが面白く、本当に楽しめました。三嶋大社に今度参詣する際に、伊藤一刀斎に思いを馳せてみようと思います。

人体絵本でこどもと遊ぼう

人体絵本

人体絵本

 

絵本コーナーにおいてあった不気味な本。

いろいろ仕掛けがあって、楽しみながら人体について覚えられるそうです。

他にも等身大の人体模型が入っている絵本もあるそうですが、そちらも見てみたいですね。

とりあえず、この人体絵本は注文しましたので、娘と一緒に(嫌がらなければ)人体のお勉強をしようと思います。なお、解剖学的に書いてあるので、名称はかなり本格的でした。

合気道修行(塩田剛三)

合気道修行

合気道修行

この本は、塩田剛三館長へのインタビューを取りまとめた本です。

館長の体験談や合気道に関する考え方、そして赤裸々な武勇伝が語られています。

そして端々に養神館合気道に関する技の解釈につながるものがあります。構えの重要性や合気道の兵法についても、わかりやすく書いてあります。

養神館合気道の稽古の上では、必読書の一つといえると思います。