荒天の武学 (集英社新書)

荒天の武学 (集英社新書)

Amazon.co.jp: 荒天の武学 (集英社新書): 内田 樹, 光岡 英稔: 本

引用元: Amazon.co.jp: 荒天の武学 (集英社新書): 内田 樹, 光岡 英稔: 本.

合気道家と意拳の達人が「武とは?」について、その知見を語った対談集です。
内田樹氏は、著名な思想家、武道家であり、合気道とフランス現代思想を通じて広く社会問題等に意見を投げかけておられる方で、昨今のベストセラーは記憶に新しいのではないでしょうか?

また光岡氏は、三十代ながらも、その武の体験に裏打ちされた透徹した世の中へのまなざしは、鋭いものがあります。ハワイ等での武術指導をされているようです。

私は、内田氏の本を好きでよく読むのですが、ここまで内田氏がタジタジな感じの本は初めてです。当初に内田氏は、「私は弱い武道家であることが、強みである」というレトリックをつかって自分の立場を説明しておられますが、こういわざるをえないような、迫力が光岡氏の発言からは感じられます。

この本のタイトルは荒天の武学ですが、この荒天とは晴天に対比される状況、まあ緊急事態ということでしょうか。ルール化された安全が保障される限定条件下=晴天状況 を暗黙の前提とした現代の武道、そして政治状況について縦横無尽に語られています。

荒天の状況下において対応できるだけの武について、二人の方向性はおそらく異なります。内田氏は、型を通して深くその過去の知見を身体化させ、いかなる条件下においても型どおりの対応が出来るようにすることで、荒天に対応します。

方や、光岡氏は、おそらく型というものに信頼を置いていない、ダイレクトに型の先にある自然、宇宙意識にアクセスしているようです。感覚を鋭敏化する、身体と自然とのズレを認識できるようにするそういった、気の遠くなるような稽古をして、自然に対応できるように武をつくる、そんな風に感じました。

私はおそらく光岡氏にはなれないでしょう。そのようなタフな状況の中で暮らす(現在光岡氏はハワイで、ナチュラルに強いサモアンたちに武術を教えたりしているようです。日常的にストリートファイトなどがあるような状況)ことそのものを、避けます。武を生業としない以上、当然といえるのではと思います。武を一生の生業とするものと、そうでないもの、その違いは埋められないような気がします。

ですから、私は内田氏の方向性においての、荒天への対応を模索するしかないのです。すなわち、過去の知見(型・歴史)を研究し、稽古し(※そもそもこの言葉が、古にかんがみる)、自分のものとする。その上で、あらゆる事態に対応する。真のマニュアル化による想定外への対応ということでしょうか。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA